今日の読売朝刊一面に、「情報的健康へデジタル・ダイエット宣言」と言う記事が目に映った。
東京大学鳥海不二夫教授と慶大山本龍彦教授による共同提案で、今が「言論空間の危機が深刻」で、食事に例えれば、現在は将に「情報的健康」に突入している-と言うのだ。
人は情報が正しいか、正しくないかを判断するとき、自身の主義主張と整合性が在るか否かで分析し勝ちで、人間が持つ先天的脆弱性だと言う。
歴史的に見ると、ヒト社会では長い間情報を発信する主体やメディア(媒介者)が限られ、情報の供給量が少ない時代が続いて来た。
その中で産まれた「表現の自由」は憲法で、
「第21条(1項) 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」
とされ、情報の「送り手」だけを保障し、情報の流れの量を増やすことに重きを置いて来た。 そのため、「ある思想や情報の良し悪しは『言論空間』と言う市場が判定すべき」として来たのだ。
だが、インターネットやSNSの社会インフラが発達した現在、誰もが簡単に情報を発信できる現在、情報量は激増、否、供給過剰であり、「表現の自由」は、「送り手」ばかりで無く「受け手」を保護する時代なのだろう。
しかしながら、「情報的健康」とはどういう状態かを国、時の政府が決めることは勿論で、民主主義と言うモノは時間が掛かるものであり、被災者が出てしまわないよう重ねて啓発するしかないのだろう・・・
さて、今日の昼飯は「挽きぐるみ蕎麦」+「フグの天婦羅」+「フキノトウの天麩羅」だったが、フグは子フグだったので一口で食べようと口に入れたが、「アレ⁈硬いモノが在るぞ!」
小骨や皮が残っていたので、一つひとつ口から出した。
蕎麦を先に食べたので、天婦羅は冷たくなっていた。
食べ手が悪いのかナア・・・ 天婦羅は蕎麦を食べた後運んで貰いたいモノだ。
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