処暑の候だと言うのに子供の頃と違い未だに蒸し暑い。
初秋と言えば「花火」だ。 もう30年も前のこと、秋田に単身赴任していた時にシゴト関係で呼ばれて、雄物川沿いのマス席で見た「大曲の花火」は素晴らしかった。
「大曲の花火」は、新潟の「長岡まつり花火大会」、茨城の「土浦全国花火競技大会」と合わせて、日本三大花火大会と呼ばれているが、「大曲」の歴史は明治43年諏訪神社の祭典で余興として打ち上げられた花火で、一般的には秋の「全国花火競技大会」が有名で、夜の「10号玉の部」「創造花火の部」以上に「昼花火の部」が在るのが特徴で、内閣総理大臣賞、経済産業大臣賞などが授与される。
その上、「秋」ばかりで無く春に上げる「春の章」では海外からの花火師が上げる花火を見ることが出来、3月には「冬の章」として国内気鋭の若手花火作家の作品が見れるのだ。
「土浦の花火」は大正14年土浦市の神龍寺の住職が、当時の海軍航空隊と親交が在り、航空戦死者を弔う目的で私財で花火を挙げたことから始まったもので、「長岡の花火」は長岡空襲での慰霊と復興を願って昭和20年から始まったが、長岡の遊廓関係者たちが資金を出し合い盛り上げたものだ。
さて肝心の「線香花火」だが、最近は上げるチャンスが無く淋しく思っていたが、偶々テレビ番組で福岡の「スボ手牡丹」の制作会社を放映したので、直ぐに注文した。
子供の頃から「線香花火」と言えば、「紙縒り(こより)」が軸の花火と思っていたが、関西以西の線香花火の軸は、昔から稲藁の芯(わらすぼ)を使用していたらしく、「(藁)すぼ手牡丹」が主流だったらしい。
が、近年では藁は在るものの「わらすぼ」造りをするヒトが居なくなり、唯一福岡・みやま市の筒井時政玩具花火製作所だけだと言う。
「藁すぼ」の花火が届いたら、どうしようかなぁ・・・
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