ロヒンギャ

 県道を挟んだ我が家の裏側に、数年前から外国人が住んでいる。

建売住宅を手掛けていた裏の家だが、10年位前に資金繰りに詰まり、抵当物件の住まいなどが他人手に渡り暫くは日本人が住んでいたが、いつの間にか外国人が住むようになった。

 家の元所有者に聞いても「出身国は判らない」と言い、住んでいる家族に子供が居て、地元の小学校に通学し日常会話は日本語で、その子は「ゾー」とか「ゾーさん」などと呼ばれているが、大人たちは近所付き合いが無く、しばらくして「難民らしい」と聞いた。

 その外国人が一昨日、我が家に「甘くておいしいデス・・・」と平鉢を持って来たと言う。

先日、取り寄せたスイートコーンをプレゼンントした「お返し」とのこと。

届いたその日に調理すべき-と近所の知人宅に向かおうと玄関を開けると、偶々向かいの庭で草むしりをしている奥さんが居たので、日本語で「トウモロコシですが、食べますか?」と手渡すと受け取ってくれたのだが、会話が無かったので「反応待ち」気ではいたのだが・・・

 なので、昨夜夕食時に頂いて見た。

平鉢に入っているスープ状のモノは白っぽくて、一口頂くと「(´ー`*)ウンウン甘い・・・美味しい」 

 これまで近所付き合いが無いことを気にしていたので、この際食材や作り方などを聞いてみようと、昼飯後洋菓子店「シャロン」に寄り「マカロン」を手に平バチをお返ししたが、応対に出て呉れたのは子供だった。

玄関先の表札には「ロヒンギャの家・キャンプ」と在ったので、「毛呂山町ロヒンギャ」で検索した。

 2020年6月24日の毎日新聞記事に、

「長年ミャンマー政府から迫害を受け、国外に逃れた少数派イスラム教徒『ロヒンギャ』。バングラディシュの難民キャンプには100万人以上が生活するとされ、日本にも群馬県館林市を中心に約300人が暮らしている・・・」と在り、難民認定された(通称)ゾーミントゥさんが載っていた。

 記事に拠れば「毛呂山町在住」で「在日ビルマロヒンギャ協会」会長と在り、写真は裏の家の主人に似ている。

暫く前のこと、1台の車が路上に停まり、数人の若い男性が裏の家に尋ねて来たことがあったが、その前日から裏の住人は不在だった・・・ことがあった。

 インタビュー記事では、

「ゾーミントゥは偽名です。 本名はイスラム風なので、出国時に名乗るのは危険でした。 98年3月に出国しました」と言い、東日本入国管理センターなどで11か月収容され、98年4月に『難民認定申請』したが認められず提訴。2002年3月に突然、入管から難民として認定されたと言い、その後の日本での生活は、

「六本木のクラブで店員として働く一方で、ミャンマーの民主化やロヒンギャの権利獲得を求めて人権団体や国会議員に接触し、05年にロヒンギャの女性と結婚。 翌年ミャンマーから日本に呼び寄せ館林に移り工場に勤務。 その後川越市で中古自転車や自動車、家電などの買い取り・販売業を営んでいる」

 裏の通称ゾーミントゥさんが該当者かどうかは判らぬが、隣り近所の付き合いはしたいもんだ


毛呂古酒's Ownd : 閑話休題

世間的には後期高齢者と言われるが、今暫く閻魔様にはお茶でも飲んでいただけるよう頑張ってみようかな?

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