今場所(夏場所)の大相撲は面白い。
贔屓力士が休業中なので、取組の結果よりも勝負に焦点が当たる。
勝負には流れが在り、流れが勝負を決めることが在る。
昨日の栃ノ心と朝乃山の相撲だが、土俵際まで追い込んだ朝乃山に対して栃ノ心は、腕力に任せてすくい投げを打ち朝乃山を土俵外に突き落としたのだ。
勢いは朝乃山に在ったが流れは栃ノ心で、朝乃山の寄りに土俵際まで押し込まれた栃ノ心は、足を土俵で食い止め、右足の踵を俵に乗せながら朝乃山を突き落としたのだ。
軍配は、小さくガッツポーズをする栃ノ心に上がったが、直後に審判員から「物言い」が出た。
長い協議の結果、「行司差し違え」となったのだが、審判長は、「最も近くで直視していた審判員の意見を重視」したのだ。
審判長は、ビデオ室からの意見を確認したが、ビデオは蛇の目と踵の隙間までは確認出来ない。
従って、「目の前で目撃した審判の意見を採用」し、規則通り審判部として判断したのだ。
敗れた栃ノ心はあちこち不満をブチ巻き、ビデオを見た視聴者からは、相撲協会に抗議の電話が殺到した-と言う。 「栃ノ心の足の裏に砂が着いた-のが審判員に見えたのだろうか?」
なんて、言いなさんな! 命を取る訳では無いんだよ。
民主主義の基本であり、在ってはならない裁判でも、誤審は在るんだ。 増してや、基本法に反する条例なんて、ザラに在るよ。
判断、判定は、公平、妥当で在って欲しいが、出来ちゃった-こと、出来ちゃった-からには仕方ねえや、悪法も法。
昨日八つ当たりしていた栃ノ心は今日、14か目で10勝出来たのだ。
トランプ杯が日本人(朝乃山)に渡されるのだから、相撲協会も満足だろう。
話は変わるが、今更ながら法律を後ろから見て、徴用工問題やらも自分勝手に判断する隣人には困ったものだが、改めて付き合いたいとも思わないのだが隣人なのだ。
世代が変わるまで気長に待つしかないのだろうか・・・
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